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Que sera sera Diary

「アラフォー・ダイエット・ストレッチ・食事改善・精神病」の奮闘…徒然日記

幼少期~

2度目のこんにちは、かえるのじゅです(*ˊ˘ˋ*)♪
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私は某年8月10日の夕方。カナカナが盛大に鳴いてる頃、東北のとある町に産まれました。

2番目、2人目の女の子。
おっ父似の姉は色黒。
おっ母似の私は色白。
当時入院中、看護師と言わず看護婦さんだった頃、看護婦さんに大人気で、乳をあげる以外は手元になかなか帰ってこなかったと母親は言いました。

中卒で漁師になった父親遠洋漁業だったので家にいない。
物心ついたあたりもいない。
幼稚園の頃、保護者の名前を記入するとこがあって、
ほごしゃってなあに?
という質問に先生が
いっつも家にいる人だよ(*^^*)
と答えられ、母親の名前を書いた記憶があります。

産まれてすぐ夜泣きもせず、育てやすかったと母親は言います。姉がぐずりまくったらしいです。

写真にあるように、次男であり漁師の父親はマイホームを建て、私はそこですくすくと育ちました。
なかば片親のような境遇の中、助けてくれたのは、母方の兄妹たち。6人兄妹の母親は上に長男がいるものの長女で、結婚した当初は末っ子の弟が学生のころ。10歳は歳が離れてるでしょうか。母親は小さなころから末っ子をおんぶしながら、家事手伝いをしていたそうです。私には1歳年下の従兄弟がいて、何かにつけてはいろんなところに連れて行ってもらったのを憶えています。

父親は自分の上の長男が体が弱く、至れり尽くせりだったのにも関わらず、自分はほっぽり出され状態。
新しい自転車を買う為に豚を育てたり、鶏を育てたり、幼少の頃から手伝いをしてはお金を稼いで、新しく買った自転車はとても感慨深いものだったそうです。

さて(閑話休題)。
私は幼稚園の頃に既に好きな人がいました。
告白するなんてとんでもない。
ただ淡い恋心を抱いていました。(後にその人は暴走族に入り、全身骨折になり、その後は知りません…)

なんでも出来る子、NDKだったのです。
年長さんになって運動会がやってきました。
数人呼ばれ、その中には私もいます。先生が
「これ、くるくるこーやってみてごらん」
と言いました。
くるくるくる…
ハッと思いました。
(やべぇ、この中で1番うまい…)
あれよあれよと運動会の開会式で先頭に立って指揮する人に選ばれました。
練習はしますが気が重い。失敗したらどうしよう。
いろんな思いが駆け巡ります。

運動会前日に知恵熱をだしました。
それでも指揮者をやってのけました。その時は平熱(笑)
写真(今は津波で流されてない)に指揮してる自分が写ってましたが、へーっと思うぐらいで全然記憶にありません。
当時は3つ上の姉が全盛期で、その名残なのかマンモス幼稚園の中の1人。

勉強も運動も絵画も卒なくこなしました。

小学校3年生の頃、今では希少価値とも言えるスパルタ先生が担任になりました。
国語や算数などの授業を全部潰して、図工と音楽の時間。
体罰は当たり前。
鼻血出す子は当たり前。
恒例のビンタ(私は唯一されなかった1人)

題名は知らないけど
「行こうよ〜かぶと〜むし、でんで〜んむし、ひばりの子ー!」
と言う歌を合唱させられました。4、5番まであるはずのこの歌、口の開き方がなってない、声が出てない、ここのやつだな!並べ!!ぱぱぱぱぱーん( 'д'⊂ 彡☆))Д´) パーン
最後まで辿り着きませんでした。

図工の時間。
玉ねぎを各々渡されて、描け!
小学3年です。形をある程度とって、色を塗り始めるが否や
「待てぇぃぃい!!」
これはほんとに茶色か?よーく見てみろ、茶色は茶色でしかないが、光加減で黄色も青も赤もある…
茶色を使うことは許されず、何色も重ねて茶色をだすという苦難を強いられました。
それは皆出来上がり、廊下に飾られ日の目を見ました。
当時の母親曰く
「本物みたいだった」
と。


さんこの話をしってますか?
村に巨人がいて、村人には恐れられていました。
ある日山火事が起きます。さんこは体を張って、山を包み込む様にして山火事が村へ行かないように食い止めます。
それ以後の話は覚えてません。

さんこを題材にグループを組み、それを描けと言い渡されました。
壁新聞並の紙。

私たちのグループは、まさに火を目の前にしているさんこの場面です。
各々が持ち場を担当し、燃えている火を書きました。
「待てぇぃぃい!」
先生が
「火って本当にそんな形してるのか!?」
と疑問を投げかけます。
私たちの作った火はマリオのファイアーボールみたいな火です。火が燃えさかってる様を鉛筆書きの時点でどうやって先生を納得させられるか?悩みました、皆で。

結局どのグループも、色を入れることすらできずに修了の日を迎えました。


後にその先生は先生の資格を剥奪されたと噂で聞きました…m(*_ _)m
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