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Que sera sera Diary

「アラフォー・ダイエット・ストレッチ・食事改善・精神病」の奮闘…徒然日記

中1~

3度目のこんにちは、かえるのじゅです(*ˊ˘ˋ*)♪

小学校で分散されてたはずの人数が、中学校で合併されました。当時7クラス。

姉は私と3つ違いで、成績優秀・リーダーシップありで、次に入ってくる私も期待大で迎え入れられました。
初めて目にする子もいるのに、成績順なのかなんなのか、学級委員に選ばられます。

表に立つのが苦手な私は嫌々前に出されます。
民主主義、多数決とはいい制度ですね。
当時の学級委員は応援団員も兼ねなければなりませんでした。
当時私が中1の時の中3て滅茶苦茶荒れてて。
海辺で応援練習をしていると、オラオラな輩がちょっかい出してきてました。
中1のころからヤンキー(絶滅危惧種)はいました。
私はヤンキーとか勉強が出来ないといった人に偏見を持っていなかったので、普通にヤンキーと話していました。

ある日、番長クラスの人と私の2人きりで一部屋に監禁され、周りは鍵代わりにドアを締め付けながら、中を伺ってました。
どんどん近付いてくる男。
私は片隅で身を守ってました。
仲は良かったので、会話をポツポツとしながら。
話ながら声は近づいてきます。
〇〇?って言われて振り向いたら、振り向きざまに
唇の横にKissされました。
きゃーーーー!
とゆうか、
うぁーーーー!
といった叫び声と共に解放されました。

初キス免れたε-(´∀`*)ホッ

要はからかわれてたんです。
私の初体験とかデビューはみんなより3年くらい遅かったので、ま〇こマークとか、S〇Xの知識は滅茶苦茶遅かったのです。感じながらも。

中1で応援練習に行く道すがらに。
ここ!
って言われて見たら
〇〇とやりてぇ!
と私の名前でスプレー書きされてました。

意味は分かりました。
とてもおぞましかったのを覚えています。

ヤンキーと仲良しの学級委員。

ヤンキーの中でも
今現在ヤーさんになって現役の人がいるとかいないとか。チューされそうになった人です。
私は今、その人に会ったとして、階級とゆーか、若頭であろーと、組長であろうと、呼び捨てで呼ぶでしょう。知ってる男はさん付けで呼ぶらしいです。

そんなこと知ったこっちゃありません。


3年間ぶっ続けで学級委員でした。
生徒会にも入りました。
恋もしました。
中1の頃、ヤンキーではない二つ上の先輩。
両想いでした。
ですが、その先輩、本命の高校落ちちゃったんです。
応援の意味を込めてお金ないながらに無名の時計も送りました。
第二ボタンはもらったものの、音信不通になりました。

その後の2年間は、友達らしい友達もできず、生徒会に身を注ぎ、中3の三学期に席替えがあって出来たグループがヲタ要素が強いものの、友達らしく過ごせた中学校生活の中でも輝いていた短い時間です。


小学校の卒業文集では
光GENJIのかぁくんと結婚する!
と赤面者の文章を書きました。

中学校の卒業文集では
勝手に氷の冷蔵庫がほしい
と未だに叶ってない夢を綴っています。

どれも今は亡き思い出。
持ってる人は持っているだろう。
でも私の中にはない。

恋に恋して
付き合っては3ヵ月を迎え別れると繰り返していたあの日。
付き合ってるってゆー遊び方を学んでいた日。
自己評価が低い私はランキングされてて、何度となく告白されてはごめんなさいと繰り返してた。

そんな私が目覚めるのは高2ですm(*_ _)m
高1~へつづく
高1~へ