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Que sera sera Diary

「アラフォー・ダイエット・ストレッチ・食事改善・精神病」の奮闘…徒然日記

同棲→結婚~

こんにちは、かえるのじゅです(*ˊ˘ˋ*)♪

今日はまだあまり疲れてません( *˙ω˙*)و グッ!


奥田民生風の彼と別れ、イケメンの彼と付き合うことになり、2人は同棲しました。

当時、姉と私は2人でアパートに暮らしていましたが、お互い当時の彼氏に夢中でアパートは空き家状態。姉の学生時代が終わりがけと同時に私は部屋を出ました。

大好きな人との同棲生活。

イケメンの彼はビジュアル系で、前髪を毎朝時間をかけて整え、右から左から合わせ鏡をして前髪の立ち具合を確認してから出発します。

当時私も相変わらずアパレルで働いていました。

高2の頃に初めて発病した過呼吸
原因はストレス。
当時は両親に反対されてた元カレとのいざこざに合ったと思われます。
それ以前の中学からマラソンが苦手でした。
ひゅーひゅー息が出てクラクラする。
みんなそーなんだと思い込んで、だからみんな持久走大会が苦手なんだと思っていました。


ノンストレスと思われたアパレルの職場でも過呼吸を起こしました。
震度4くらいの地震。デパートに勤めてたら、お客様を優先しなければならないのに、自分でいっぱいいっぱいになって過呼吸を起こす。

通勤中。人ゴミが苦手な私はだんだんと呼吸が荒くなり、過呼吸になり、駅員さんに助けを求め、何度となく救急車で運ばれました。


イケメンの彼は、仕事が出来る、顔がいいだけに留まらず、料理も出来ました。お好み焼き屋さんや居酒屋さんの厨房に立っていたからです。
私はと言うと料理苦手( ̄▽ ̄;)
同棲当初は卵焼きしか出来ませんでした。

それでもイケメンの彼は、育てるのが上手いとゆーか、
卵焼きに長ネギ入れてみたら?とか
今日は80点!
今日は90点!!

と採点されました。上がってゆく数字に私は更に意欲的になり、自分なりに料理を始めます。


始めは私からプロポーズしました←
答えは誤魔化されていましたが、時が経って、ある日


結婚しよう


とかなんとか←覚えてない


と晴れて結婚致しました。

それからも同じ部屋での同居生活は続きます。

イケメンの彼→旦那は東北の片田舎。村でした。
高速が繋がっておらず、片道3時間かけて顔出ししに行きました。

私は内弁慶外味噌なので、旦那の前でもいい子ちゃんです。
休みだーってゆって、旦那の親の前で昼寝するなんて出来ませんでした。

私はアパレルの仕事を辞め、180度違うキーパンチャーと言う職に着きました。

1年…2年たった頃でしょうか。


子供が出来ました。

既に結婚してたので、半ば期待をして旦那に言いました。

「まだ2人の時間を大事にしたいから…」

だったらなんで中出ししてるんだッッ(/`□´)/⌒┻┻
結婚してるのになぜ!?ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛Σ(ノ´Д`)ノ

と思いましたが結局堕ろしました。

その時も1人でした。
全身麻酔のはずで、

数を数えてください
1…2…3…4…
100まで数えたでしょうか。

麻酔が効く前に処置され
熱い!痛い!!
という苦しみの中、いつの間にか眠り
気づいたら畳の上に寝かされていました。

時間が経って、タクシーに乗って外の風景を見ていたら
涙が止まりませんでした。


あと1回同じような話が出てきますが、責任はお互いにあります。
避妊の有無、受け入れた自分
sexするにはお互い様です。
ただ、結果的に体に傷をつけるのは女なだけで。


それから何年かが過ぎた頃。

また赤ちゃんが出来ました。

私は焼肉屋に誘います。
食べて談笑して…

私は意を決して言いました。

子供が出来たの。



そしたら、旦那は
おめでとう!!大事に育てていこう!!!
って。

そこでも涙が止まりませんでした。
祝福されて生まれる子供。
ようやく巡り会えた。
これからお腹ですくすく育っていくだろう赤ちゃん。
私たちの赤ちゃん。



順調に育って行きました。

私はハタチからタバコを吸っており、悪阻がひどくて一旦辞めたものの、悪阻がおさまると再び吸い始めました。
吸うと気持ち悪いからやめる。
外出先で遠くのタバコの匂いが分かる。
でも止められない。


そんな中でも、某年8月21日の夕方。
女の子の赤ちゃんが、体重も身長も身体も申し分なしで産声を上げました。

当時からかみ合ってない義母。
出産という一大イベントを終えて部屋に戻るエレベーターの中で

「次は男の子だなや!」

(;´゚д゚`)エエー今出産してクタクタなんですけど…
と思いながらも、完全看護の中で7日間の入院を過ごしました。

明日、退院と言う日。

私は電話を実の母親にかけます。


「育てれる自信が無い」
と。

完全看護、別室の子供。

母親は
「だいじょぶだがら、安心しらいん」

と、泣いてる私を励ましました。

退院して、子供と共に実家に行ったらびっくり。

布団が用意され、オムツ入れも用意され、準備万端でした。


生まれたばっかりの赤ちゃんを持つ母親は
子供を守るために父親にでさえ威嚇します。
私もそうでした。

乳をあげる時にだけくる子供。
終わると同時に連れ去られる子供。

母は私の負担を無くすためだったと後に語ります。
でも機嫌の良い子供は私の手元にいることはありませんでした。


当初は1ヵ月だけ…と思ってたら、3ヵ月実家にいました。
私に似たのか旦那に似たのか、生後2ヵ月頃から
夜8時間はぐっすり眠る子。ぐずりもせず。


ある日、TVをつけて、その日最後の母乳をあげていました。

9月11日。
何時だったか覚えていませんが、夜です。

見たことのあるビルに旅客機が突っ込んだ姿。

えー何?映画?
と思いながら授乳。

映像は現地放送に切り替わりました。
二つ目のビルに旅客機が突っ込んで行く瞬間を見ました。

混乱するニュース。

同じようなニュースしか流れなくなった頃、すでに私の娘は寝に入っており、私も寝なさいと言われて寝ました。

GROUND-ZERO。
911です。
m(*_ _)m
子育て~へつづく
子育て~へ