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Que sera sera Diary

「アラフォー・ダイエット・ストレッチ・食事改善・精神病」の奮闘…徒然日記

東日本大震災

こんばんは、かえるのじゅです(o∀n)

私は当時、保育所の事務・経理についてました。
ケーユーの母親が理事長をする保育所
無認可から認可保育園にしようとしてた矢先。

ドンとした衝撃。

何秒もせずに激しい横揺れ。

私は1番幼いクラスを担当させられていた為に、そのクラスに走る。

両脇に赤ちゃん。
立ち上がろうとしても揺れで立ち上がれない。
何秒続いたか覚えてない。

311

牡丹雪が降っていた。幼稚園教諭の免許も保育士免許も持ってない私にはわからない。

子供を安全なところに避難させ、ブルーシートで雪から守る。
断続的におこる余震。

保育園は震度5強以上あった場合、親が直に迎えにこなければならない。

次々に迎えにくる親達。

最後に3人だけ残った。
理事長の孫も含めて。

私とケーユーは女の子を1人、理事長と孫ともう1人の女の子を1人。
埒が明かないと、車で移動し始める。

両親の安否も気になった。
でも1人の命をあずかっている。

ようやく女の子の親に連絡が取れて女の子を無事に親元へと渡した。

何があった?

自分たちの部屋へ向おうとする。
周りは真っ暗。

橋を渡れば自分たちの部屋というところで誘導員がいて、そちらに行けない。
右往左往する。

水が溢れてる。

水道管が破裂した?
津波の情報は入らない。

近くの避難所に行った。
私は精神安定剤のためか喉が渇きやすい。

飲むものは…?

ない。

避難所は激混み。
良さげな所に陣取る。

ラジオ「荒浜で200人以上の遺体が…」
ラジオ「航空自衛隊も水没…」

だめだ。

保育園で最後にトイレに行った時には水が流れた。

保育園に向おう。
理事長たちもいるかもしれない。

途中で、浸水してる場所に出会う。
自分たちは乗り越えれるはず。

半分近く車が浸かったら動かなくなった。
水がどんどん侵入してくる。

いっぱいになったら、出よう。

冷たくて痛くて寒い。
水の抵抗で思う様に足が進まない。

もう…って思ってたところで灯りが動いた。

「助けてください!」

必死だった。

その家は借家で、入り口が窪んでた。
首まで浸かりながら家に入る。
震えが止まらない。

ケーユーがいう。
ケーユー「彼女だけでいいんで、着替えください。」

おばあさんのものだったらしき着るものを借りる。

私「彼にも出来たら…」

おじいさんのもののような着替えを借りる。

浸水した畳の上に座布団3枚。薄い掛け布団。

足を合わせてお互いの体温で、お互いを温めながら、夜を越す。

プロパンが無事で火をおこせたその家は、知ってる人たちが集まり始める。

私たちは知らない人。

いつ来るかわからないご飯。

配給だったからと渡された500mlのポカリスエット
2人で1本。
どれだけの間過ごせるのか?

毎朝、車のエンジンがかからないか確かめに行かされたケーユー
ドボンと首まで浸かって、車を見に行く。

エンジンがかかる訳ない。

2日間いた。

水があらかた減った時に動き出すm(*_ _)m